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東京地方裁判所 平成7年(ワ)6880号 判決 1999年1月28日

原告

デボルグ・ベロニカ

被告

鈴木進一

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、金一八一万八二九一円及びこれに対する平成六年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員の連帯支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

五  本件につき原告のために控訴の付加期間を三〇日と定める。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成六年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員の連帯支払をせよ。

第二事案の概要

一  本件は、自動車と衝突する事故に遭って傷害を負った原告が、加害車の運転者である被告鈴木進一(以下「被告鈴木」という。)に対し民法七〇九条に基づき、加害車の所有者である被告河津合同自動車有限会社(以下「被告会社」という。)に対し自動車損害賠償保障法三条に基づき、右交通事故により原告が被った損害賠償を訴求した事案である。

なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

二  争いのない事実等

1  原告は、フランス国国籍を有するものであるが、静岡県下田市の伊豆下田黒船ホテルにおいてダンスのショーに出演するため、日本に滞在していた。原告は、右ショーのアクロバットダンサーとして稼働していた。

2  次のとおりの交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

(一) 事故の日時 平成六年三月一二日午後一一時五〇分ころ

(二) 事故の場所 静岡県下田市東本郷一丁目一番一号地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(沼津五五あ九六五四)(運転者・被告鈴木、所有者・被告会社)

(四) 事故の態様 原告が本件事故現場付近を歩行中、被告鈴木の前方不注視により、加害車両が原告に接触して原告が転倒した。これにより、原告は、頭部打撲、腰椎捻挫、臀部打撲の傷害を負ったが、自動車損害賠償責任保険上、後遺障害等級には非該当であるとの認定を受けている。

3  原告の通院状況等

原告は、次の各医療機関等に通院し、治療等を受けたが、その通院治療費は、合計七二万一三五〇円である(末尾括弧内は通院実日数)。

(一) 日本国内における通院状況等

(1) 河井医院 平成六年三月一三日(一日)

(2) 伊豆下田病院 平成六年三月一三日から同年四月五日まで(五日)

(3) 渡辺医院 平成六年三月二三日から同年七月二二日まで(九日)

(4) 慶應義塾大学月が瀬リハビリテーションセンター 平成六年四月四日から同年六月三日まで(三日)

(5) 整体ホーム亀光院 平成六年四月二八日から同年七月二三日まで(一六日)

(6) 鈴木治療院 平成六年四月一二日から同月一八日まで(三日)

(二) タイ国滞在

原告は、平成六年八月一日ころ、日本から出国し、同年一〇月中旬ころまでタイ国に滞在し、その後、タイ国からフランス国へ帰国した。

(三) フランス国における治療状況等

(1) グラプトン医師 平成六年一〇月二四日から平成八年五月二六日まで(一六日)

(2) アンスラン氏 平成六年一〇月三一日から平成一〇年六月三〇日まで(三二四日)

(3) ドゥルヤ医師 平成七年一月二四日から平成一〇年五月二六日(一四日)

4  原告は、本件事故翌日(平成六年三月一三日)から同年四月九日まで黒船ホテルのすべてのショーを休演したが、同月一〇日から同年五月六日まではショーに出演し、同日までの給与を支給された。

5  損害のてん補 二〇四万二八〇五円

原告は、本件事故に係る損害賠償として被告会社を保険契約者とする自動車損害賠償責任保険の保険金一三二万一四五五円の支払を受けた。

被告は、前記3(一)の各治療機関に対し、治療費を支払った(合計七二万一三五〇円)。

6  責任原因

被告鈴木は、前記2のとおりの過失があるので、民法七〇九条に基づき、被告会社は、本件事故当時加害車を所有しこれを自己の運行の用に供していたものであるので、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(当事者間に争いのない事実、証拠〔甲第一号証、同号証の二、第三一号証の一ないし三、第三二号証の一・二、乙第一、二号証、第三号証ないし第八号証の各一・二、第九ないし第一一号証、第一六号証、第一七号証の一ないし七、調査嘱託の結果〕及び弁論の全趣旨により認める。)

三  争点(原告の本件事故による損害)

1  原告の主張

(一) 治療費

(1) グラプトン医師に対する支払分(診療費、薬代、証明書発行費) 五〇七五・九一フラン

(2) アンスラン医師に対する支払分(カイロプラティック、マッサージ、整骨療法代) 三万八六九三・〇〇フラン

(3) ドウルヤ医師に対する支払分(精神科診療費) 三一一二・一八フラン

(4) 合計 四万六八八一・〇九フラン

第二の二3(一)の七二万一三五〇円のほか、(1)ないし(3)の合計額である頭書金額が認められる。

(二) 交通費(帰国のための航空代金) 二五万〇〇〇〇円

(三) 休業損害 七万五九九六・二ドル

原告の本件事故前の収入は、週給五〇〇ドルの給料並びに食費及び宿泊費として週約五〇〇ドルの計約一〇〇〇ドルであったから、一日当たり約一四二・八五ドルになる。

休業期間は、事故日(平成六年三月一二日)から医師から労働を禁止されていた平成七年一〇月二〇日までの五三二日間とするのが妥当である。

したがって、原告の休業損害は、七万五九九六・二ドルである。

(四) 逸失利益 五六万五〇八五・六〇ドル

原告はアクロバットダンサーという専門職であったのに、本件事故により、腰痛及び座骨神経痛の後遺障害が残り、労働の専門医からアクロバットを禁止され、通常のダンサーにならざるを得なくなったことから、労働能力を喪失したものと同視すべきである。そして、現に収入も減少していることから、原告は、少なくとも五〇パーセントの労働能力を喪失したと考えるのが相当である。

アクロバットダンサーは、一日約一四二・八五ドルの収入があり、その稼働可能年齢は五〇歳くらいまでであることから、原告は平成七年一〇月二〇日当時三四歳だったから、稼働可能期間は一六年とするのが相当である。

したがって、原告の逸失利益はライプニッツ方式により中間利息(年五分)を控除した頭書金額が相当である(ライプニッツ係数=一〇・八三七七)。

(五) 慰謝料 二〇七万〇〇〇〇円

(1) 通院慰謝料 一五七万〇〇〇〇円

原告は、平成六年三月一二日から平成七年一〇月二〇日まで約一年七か月通院したこと等を考慮すると、頭書金額が妥当である。

(2) 後遺症慰謝料 五〇万〇〇〇〇円

アクロバットダンサーの道を絶たれたことに対する慰謝料は、少なくとも五〇万円を下らない。

(六) その他

(1) 新しい職に就くための職業訓練等の費用 一〇万四二八〇円

(2) 甲第二三号証の1ないし3の翻訳代金 六万〇三〇九円

(3) 国際電話料 二万五八四八円

原告代理人から原告本人への国際電話料金は一万二九二四円であり、原告本人から原告代理人への料金も同様と推測されるため、その二倍の頭書金額が妥当である。

(七) 弁護士費用 九五万〇〇〇〇円

以上(一)ないし(七)の合計額のうち七〇〇万円についての支払を求める。

2  被告らの主張

すべて争う。

第三当裁判所の判断

一  原告の損害

1  治療費 八四万一〇九六円

(一) 日本国内における治療費 七二万一三五〇円

証拠(乙第一五号証)によれば、平成六年七月二二日付渡辺医院渡辺亮医師作成の診断書には、原告の症状が軽快している旨の記載があると認められることから、当時行われた日本国内における治療の費用(前記第二の二3(一))は本件事故による損害と判断する。

(二) フランス国における治療費 一一万九七四六円

証拠(甲第二五号証の一・二)によると、原告の治療に当たったグラプトン医師(前記第二の二3(三)(1))は、原告が本件事故以来訴えている腰部等の痛みについて必要な治療期間は平成七年七月二〇日までと判断していることから(なお、座骨、脛骨筋の腱炎は、後記4のとおり、本件事故とは因果関係が認められない。)、本件交通事故と因果関係がある治療費は、右期間までのものについて認めるのが相当である。

また、証拠(甲第一五号証の一・二)及び弁論の全趣旨によれば、アンスラン氏は運動療法士で、その施術内容はマッサージ等であることが認められるところ、右施術が必要と認められる十分な証拠はなく、アンスラン氏に対する費用は、本件事故による損害とは認められない。

証拠(甲第三一号証の一ないし三、第三二号証の一・二)によれば、それぞれの右期間までの支払分は次のとおりと認められる。

(1) グラプトン医師に対する支払分 四〇一九・二一フラン

(2) ドゥルヤ医師に対する支払分 一一六四・六〇フラン

(3) 合計 一一万九七四六円

(1)及び(2)の合計額は五一八三・八一フランであるが、本件口頭弁論終結前日の為替電信売相場は、一フランが二三・一円であることに照らして(甲第三六号証)、(1)及び(2)の合計額を日本円に換算すると頭書金額となる。

(三) 合計 八四万一〇九六円

2  交通費

原告の帰国費用は本件事故と因果関係がある損害とは認められない。

3  休業損害 九二万〇〇〇〇円

証拠(甲第一号証)によれば、原告の事故前の収入は、週給五〇〇ドルで、食事及び宿泊が無料であったことが認められるが、本件口頭弁論終結前日の為替電信売相場は一ドルが一三六・七五円であったこと(甲第三六号証)等を考慮して、原告の休業損害としては日額一万円を下らないものと認めるのが相当である。

休業期間については、前記第二の二4のとおり、原告は平成六年五月六日までの給与を支給されていること、本件事故後同年四月九日まで、黒船ホテルのすべてのショーを休演したものの、同月一〇日から同年五月六日までのショーには出演していることに照らせば、そのショーが原告の専門とするアクロバットダンスとは異なる内容のものであったとしても、同月七日から三か月間を限度として認めるのが相当である。グラプトン医師による平成七年一月までバレエの活動の再開は不可能である旨の診断書(甲第二号証の一・二)はあるが、その理由はもっぱら原告本人の愁訴に基づくものであることからすると、右判断を左右するものではない。

そうすると、休業損害額は、日額一万円の九二日分である頭書金額となる。

4  逸失利益

原告は、本件事故の後遺症として腰痛及び座骨神経痛が残り、現に収入も減少し、労働能力を喪失した旨主張する。

証拠(甲第一七号証、第二五号証、第二九号証の各一・二、乙第三、四号証の各一・二、第一三、一四号証)及び弁論の全趣旨によれば、(一) 原告には、事故翌日の河井医院の診察において、意識障害はなく、尾骨部分に皮下血腫は認められない旨のカルテの記載があり、原告の症状について、平成六年五月一三日付の河井医院河井文健医師作成の診断書には、臀部特に尾骨部分の痛みがプラス三とされていること、(二) 原告には、平成六年三月一六日の伊豆下田病院の診察の際、頭痛、放散痛、腰痛、尾骨に圧痛が認められたものの、エックス線上、頸椎、腰椎に異常はなく、神経学的検査でも有意な異常はない旨のカルテの記載があり、同年七月一一日付の診断書(同病院島尻郁夫医師作成)においても、「エックス線、CT、エコー、IVP施行するも特に所見なし、理学療法で経過観察とす」とされていること、(三) 原告は、腰痛・座骨神経痛・尾骨痛、頸部痛及び頭痛が平成七年七月二〇日まで、不眠症が同年一〇月二〇日まで続いている旨を訴えているが、右の座骨、脛骨筋の腱炎は、平成七年三月ころ、原告がトレーニング中に生じたものであること、以上の事実が認められる。

これらの事実からすると、原告には、本件事故後、腰痛、尾骨の圧痛はあったものの、当該部位に皮下血腫は認められず、他覚的な所見も認められなかったのであるから、原告の傷害の程度は比較的軽微なものであったといえる。しかも、原告の主張する各症状も、自覚症状があるというものにすぎず、それも平成七年七月二〇日までしか訴えていないのであって(なお、前示のとおり、右の座骨、脛骨筋の腱炎は、本件事故とは因果関係が認められない。)、腰部、尾骨について、原告の訴える痛みをもって後遺障害ありとすることはできない。また、原告が主張する収入の減少を認めるに足りる証拠は認められないこと、原告の傷害の程度、原告が事故後一か月も経たないうちにショーに復帰していたこと等を考慮すると、原告が労働能力を一定割合で喪失したとの心証を惹くことはできない。もっとも、証拠(甲第二五号証の一・二、第二七号証、第三〇号証の一・二)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、本件事故後、痛みを理由にアクロバットを行うことを断念したことが認められ、右事実については、後記5の慰謝料で斟酌するのが相当である。

なお、証拠(甲第四号証、乙第五号証の一、第一五号証)によれば、平成六年三月三〇日付、同年六月六日付及び同年八月九日付の渡辺医院渡辺亮医師作成の診断書には、エックス線写真において、尾骨基部(打撲部)の骨軟骨の異常がみられた等の記載が認められるが、同年四月八日付の同医師作成の診断書(乙第一五号証)には「現在回復は順調であるが、臀部痛(動作時)、頭痛は持続しております。仕事に関しては、ゆっくりとした動作のダンスなら可能と考えます。」との記載もあること、原告の傷害の程度が前示のとおり軽微なものであったこと等からすると、右渡辺医師作成の診断書の記載をもって前記判断を覆すことはできない。

5  慰謝料 一七〇万〇〇〇〇円

前記本件事故の態様、傷害の程度、通院期間、実通院日数、原告が外国人であること、その他本件に顕れた事情を総合考慮すると、通院慰謝料としては一二〇万円が相当である。また、原告が本件事故後痛みによりアクロバットを断念したことについての慰謝料として、金五〇万円を認めるのが相当である。

後遺症慰謝料は、前記のとおり、原告に後遺障害が残存したとはいえないから、認められない。

6  その他

原告主張の新しい職に就くための職業訓練等の費用、翻訳代金、国際電話料は(前記第二の三1(六))、本件事故と相当因果関係ある損害と認められない。

7  弁護士費用 四〇万〇〇〇〇円

原告が本件訴訟の提起、遂行を原告代理人に委任したことは、当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理経過、認容額、本件の特殊性等の諸事情に鑑み、頭書金額が相当である。

8  総計 一八一万八二九一円

1、3、5、7の合計額三八六万一〇九六円から前記第二の二5の争いのないてん補額を差し引くと頭書金額となる。

三  結語

以上の次第であるから、原告の請求は、被告らに対し、二の8の一八一万八二九一円及びこれに対する本件事故後である平成六年三月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項、仮執行宣言について同法二五九条に従い、控訴期間の付加について同法九六条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園部秀穗 馬場純夫 田原美奈子)

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